Stacyの日記

時事ネタを中心に日常でふと思ったこと

中年太り

女性は閉経後に太りやすくなるという。以前と同じように食べていると、どんどん脂肪になるというのだ。

私が太っても痩せても関心を持つ他人などいないので、食べたいものを好きに食べ、太ってしまっても良いではないかと思う。一方で、太ると見た目が悪くなって自分が許せないとも思うし、太って洋服のサイズが変わると服を全部買い直さなくてはならなくて面倒だし財布にも厳しい。

そろそろ閉経になりそうなので、体型の急激な変化を避けるために食生活を見直すか、体型のことなど意に介さず好きなものを食べ続けていくべきか。非常に悩ましい。

そんな小さな迷いを抱えている中で目にした記事には、年をとると栄養の吸収が悪くなるので、健康を維持するためにたくさん食べましょうと書かれていた。

どういうことだろう?

年をとると脂肪になる栄養素は吸収しやすくなるが、カルシウムや鉄分等は吸収しにくくなるというのか。それとも、閉経直後の中年期は栄養吸収力は旺盛だが、もっと年齢を重ね、老年期になると栄養吸収力が衰えてくるのか。あるいは中年太りは栄養吸収力の問題ではなく、筋肉が衰えて脂肪が弛み、太って見えるだけなのではないか。

これから中年後期、初老期に向かうに当たり、自分の体型、性格、思考がどう変化していくのか。考えると不安だし、怖いし、わくわくする。

自分に正直になる

私は他人の意見に迎合しがちだ。自分に芯がない。はっきりモノを言う人から「日和見だ」と非難されたこともある。それでも、自分にとって重要ではないことに拘ることが面倒でもあり、会話の中で反論されれば、あなたの仰ることにも一理ありますね、私の認識は間違いでした、とすぐ引き下がってしまう。特に悔しいとも思わない。

ただ、やはり自分が大切に思うこと、重要だと思うことに対しては、このような態度は取ってはいけないと思う。

私は記念日を大切にしたいと思っている。誕生日、命日はその人を思う大切な日だ。誕生日なんか記念日ではない、日常の毎日と同じ日だ、拘るのは人間が小さい。そういう価値観の人もいるだろう。でも私は違う。大切な人の誕生日はお祝いしたいし、私の誕生日は大切な人から祝ってもらいたい。

誕生日を祝って貰えなくて残念だったと大切な人に伝えられることが自分に正直なことだと思う。誕生日なんて小さなことに拘る自分も「私」なのだ。

交流する相手

以前仲良くしていて、定期的に会ってお喋りしていた友人が苦手になってきた。

原因をいろいろ考えてみた。

まず、私の変化。仕事を続けているうちに、給料や出世に対する価値観が変わってきた。給料は多ければ多いほど貯金ができて生活に安心感が得られるが、生活していけるだけの給料が貰えるならそれでいい。ずっと働いてきて、貯金も少しはあるし、公的な年金も個人年金もある。出世もそんなに気にならない。地位を得なければ出来ないこともある。例えば会社の優先業務を決定するには部長以上になる必要があるが、私はそんなことには興味がない。従って、給与や昇進の話題には関心がない。

一方で友人側の変化もある。私が普段の生活に特に不満もなく過ごしているのに、彼女は会社の人間関係や昇進への不満などの問題があるせいか、自分の話ばかりする。以前は双方向だったはずなのに、一方的に彼女の話だけ聞かされ、私が話題を振っても、すぐに自分の話に戻してしまう。

多分、少しずつ生きる上での興味や関心が違ってきて、話が合わなくなっているのだろう。

会っても楽しくないので私から誘うことはなくなった。彼女から時々食事に誘われることがあり、日程が合えば会うこともある。会うときは彼女の話を一方的に聞くつもりで会うので、楽しくはないけど苦痛でもなくなった。会う頻度は減っているので、だんだん疎遠になっていくのだろうか。

以前はいろいろな所に一緒に旅行し、観光したり美味しいものを食べたり楽しく過ごしていたのに、なんだか残念だ。

両親の結婚記念日

両親の結婚記念日に二人が式を挙げた場所に行ってみた。

二人とも既に亡くなっている。50年ほど前、二人はどんな気持ちで式に臨んだのか。他人と暮らすことへの不安と、新しい生活の期待で複雑な心境だったのではないかと想像している。

二人が結婚し、姉と私と弟が生まれ、平凡な家庭ができた。

私は結婚しなかったし、子孫も残さなかった。弟は良い伴侶を得て子供にも恵まれたから、両親の血は途絶えてはいない。

お父さん、お母さん、結婚式の写真は緊張した面持ちで写ってますね。不安も不満もあった結婚生活だったかもしれませんが、二人が温かい家庭を作ってくれたお陰で幸せな子供時代を過ごすことができました。今、あなた達の子供は成長し、大人となり、それぞれ違った人生を歩んでいますが、今のところ経済的にも人間関係にも大きなトラブルはなく、平凡で慎ましく暮らしています。生んでくれてありがとう。いつか天国で再会したいな。

閉経

そろそろ閉経になるようだ。

初潮以来、ほぼ28日周期で規則正しく生理になっていた。それがここ2年は早く来たり、3ヵ月も来なかったりと不規則になっている。この不規則さが閉経に向かっていると実感させる。

閉経にならなる前、45才になった時点で、自分には妊娠出産の機会がなかったと少し残念な気分になった。閉経はその事実にとどめを刺すようなものだ。

と書きながら、出産できなかったことについて特に感慨はない。ただ少子高齢化問題を耳にすると申し訳ない気持ちにはなる。

自分の子は産めなかったが、子育てに励んでいる人達を支えることで埋め合わせができたら良いなと思っている。

仕事始め

今年の仕事始めは1月3日だった。

三が日に出勤したのは2000年以来だ。17年前は社内で情報システム担当だったため、2000年問題が起きていないか確認するために元旦に出勤した。社内のサーバーの動作確認をし、異常もなかったので30分も会社にはいなかったが、閑散としたオフィス街に元旦からの出勤したことは、記憶に強く残っている。

今年の出勤は、年明け早々出張する同僚の手伝いのためであった。同僚は年末も30日まで出勤し、年始も休んだのは元旦だけだったらしい。これまでのツケもあって自業自得な部分もあるが、それにしても働き過ぎな気がする。

そして今日から三連休のはずが、月曜日は出勤となった。土日は休めるのだから良しとしよう。

思うのは、カレンダーに従って仕事はこなせないということ。

芸能人の引退

芸能人が友人の裏切りに心痛し引退するという。薬物疑惑のある中、突然の引退宣言だ。

薬物疑惑については素人には判断しかねるが、友人の裏切りについては共感する点もある。

そもそも引退騒動の発端は写真週刊誌のスクープだ。コカインを吸っている姿が写真週刊誌に掲載されていたという。

当該の芸能人は、この写真を見れば、誰が撮ったのか分かるだろう。その場にいたのは限られた人だろうし。そうしたプライベートな写真が公になるというのは、当事者にとって衝撃だろう。

私は公人ではないが、例えば友達同士、少人数の集まりの様子が公になった場合のことを想像する。その場に居合わせたのは、ほんの3〜4人。その後、その場のとあるショットが公にされたとすると、写真はその3〜4人の誰かがタレこんだことが容易に推察される。そして、その写真を見れば、誰が撮ったかは分かりそうだ。そして、彼(彼女)が写真誌に売りつけたのかと愕然とするだろう。

違法な薬物のこと云々の前に、プライベートな写真を横流しされたことのショックは分かる気がする。