Stacyの日記

時事ネタを中心に日常でふと思ったこと

プロ野球 セ・リーグはヤクルトが連勝中

今日は昼過ぎから夜までずっとプロ野球を流し見して過ごしていた。

日曜日なので5試合はデーゲームだったが、神宮球場はナイター。その神宮での試合はヤクルトが勝利したが、先週からの10連戦で負けなしだったという。

ヤクルトはセ・リーグで阪神とゲーム差なしの首位。シーズン前はヤクルトが首位と予想する野球解説者はいなかった。むしろ最下位だと予想されていたように記憶しているが、この快進撃は凄い。ヤクルト・ファンは堪らない思いで毎日試合を見ているだろう。

今年のヤクルトは投手陣が良い。今年2年目の高津監督は投手出身で、うまく投手を育てているのかもしれない。

パ・リーグは首位ロッテ、2位オリックス。ロッテは去年パ・リーグ2位だったから、この順位も不思議ではないが、オリックスは大健闘している。

今年のプロ野球シーズンは、もう終盤だ。各リーグのペナントレースが終わり、CS、日本シリーズと進んでいく。

今年ももう暫くはプロ野球を楽しめる。プロの素晴らしいプレイをいっぱい見たい。

大崎善生『聖の青春』の感想

読んだ本

大崎善生『聖の青春』(角川文庫)※Kindle

1998年に29才で亡くなった村山聖棋士の伝記。

先日読んだ『いつかの夏』に感銘を受けて、同じ著者による本書を読むことにした。

そして読後は、『いつかの夏』同様、主人公の生き様、死によって夢を途中で断たれてしまった無念さに思いが至り、放心してしまった。

棋士・村山聖は幼少時にネフローゼ症候群という病を発症し、病と共に生き、最後はガンで亡くなった。幼い頃、入院中に父から教わった将棋の虜になり、病床で将棋の勉強をするようになる。療養所で小学校生活を送るが、週末は外出許可をもらって将棋センターに通い、中学生で奨励会に入る。17歳でプロデビュー。

本書は村山聖が病に罹ってから将棋と出会い、森信雄師匠に指導を受けてプロデビューし、亡くなるまでを描いている。森信雄師匠とは、単に将棋の指導者と弟子という関係を超え、様々なエピソードが満載だった。同年代の羽生善治棋士との勝負や将棋以外での交流も面白かった。

特に印象深かったのは、途上国の恵まれない子供達の学業を支援するフォスター・プランに寄付を続けていたこと。将棋の国際振興の企画に賛同して百万円をぱっと寄付しようとしたこと。末期ガンで余命が短いことを悟り、弁護士を自ら探して遺書を用意したり、葬儀は密葬として誰にも知られずそっと世を去ろうとしていたこと。

物心がついた時には既に病と共にあり、辛い症状に耐え、死が常に隣にありながら、将棋に命がけで取り組む姿に泣けてくる。

昨日、本を読み終わって暫く放心した後、日常に戻ってプロ野球の結果をチェックした。すると、横浜DeNAベイスターズの今永投手が完投勝利したことを知った。今永投手は去年肩の手術を受け、完投勝利は2年ぶりだった。私は今永投手をずっと応援していることもあり、昨日の勝利に嬉しく思い、そしてふと村山聖と今永投手の共通点に気が付いた。

お父さんが広島大学出身であること、兄と姉のいる三人兄弟の末っ子だということ。

共通点といってもこの2点だけだが、目標とする名人位を目前にガンで命を奪われた村山聖の無念が、ケガを克服して完投勝利を手にした今永投手によって少しだけ晴らされたような気がした。

4月からブログを書き続けた理由

このブログ(日記)は殆ど書いていなかったのに、今年4月中旬から毎日欠かさず書いてきた。

今年に入って完全在宅勤務になり、仕事も端境期のため暇で、誰とも会わない、話さない毎日が続き、漠然とした危機感を感じ始めていた。人と接しないことで社会性を失っていきそうだし、言葉を発しないでいると認知症になりそうな恐怖もあった。

そしてふと、放置したままのブログがあることを思い出し、言葉を綴ってアップロードしていこうと決心し、短文であっても毎日書き続けた。ブログのお蔭か、漠然とした恐怖は消滅し、精神が安定したように思う。

今月になって週2回出勤という変則的な勤務ではあるが、完全在宅勤務は解除された。同僚と交流するようになり、ブログに頼る必要はなくなった。

今後は毎日ではなく、記録に残したいことだけをブログにしたためていこうと思う。

書類作成が進まない

昨日は酷かったくしゃみ、鼻水が、一晩寝たらすっかりなくなった。日々気温が目まぐるしく変わっているので、ちょっと風邪気味になっただけのようだ。明日は出勤できそう。

今日は当初の予定通り在宅勤務だったが、メールでのやり取り、それらを受けての書類作成と、慌ただしかった。

以前なら、もっとテキパキと片づけていったのに、勘が鈍っていて効率的に処理できずにいる。

もどかしい部分もあるが、いずれ勘も戻ってくると信じて仕事をこなしたい。

病欠

今日は出勤日だったが、朝からくしゃみ、鼻水が止まらず、出勤は取りやめて在宅勤務にした。

発熱はなく、単なる鼻風邪だと思うが、最近の新型コロナの症状は鼻水が出ると聞いて、慎重になってしまった。

出勤するかどうか決断がつかず、上司に相談したところ、

「マスクをしているとは言え、通勤電車の車内にくしゃみをする人がいたら気になるし、周りの人の不安を煽ることになるから、今日は在宅勤務でいい」

と言われ、在宅勤務となった。

上司は私より年下(といってもアラフィフ)だが、ぱっと決断してくれるのが頼もしい。

くしゃみ、鼻水は悪化はしていないので、このまま症状が治まって、明後日は普通に出勤したい。

コロナ禍下の海外出張

上司から海外出張について打診された。もちろん、私に異存はない。

出張先もコロナ患者が減少しない状況にあるが、海外から人を受け入れていて、入国後の隔離はないらしい。ただ、PCR検査で陰性でないと飛行機には搭乗できないため、日本を出発する直前にPCR検査を受ける必要がある。

出発よりも帰国の方が煩わしい。

出張先でも帰国直前にPCR検査をして陰性証明書である上、日本に到着して飛行機を降りてからPCR検査の陰性証明書等の提出、アプリのダウンロード等があって、日本に入国するまで3時間くらいかかるという。更に自宅に帰るまで公共交通機関は使えず、帰国日の翌日から2週間は自宅で自主隔離をしなければならない。

PCR検査を始め費用はかかるし、入国手続き等にかかる時間もかなり増える。

その辺りも勘案して、海外出張をするかどうか上司が決断すると言っていた。

出張に行くとしたら11月に入ってからというので、まだ先だ。

その頃には、水際対策やその他の措置もなくなっていると良いのだが。

価値観が違っても相手を理解したい

少し前に、2ちゃんねるを運営していた西村博之(ひろゆき)氏が、フランス語のいい加減な知識を開陳して、フランス在住の言語学者から完膚なきまで叩きのめされたという話題がネットに出ていた。

その言語学者はF爺という名前でブログを書いているというので検索してアクセスしてみた。ひろゆき氏の間違いを指摘する記事以外にも面白いポストが多く、過去の記事もいくつか読んでみたところ、F爺が『恋するソマリア』の著者・高野氏とかつて交流し、その後絶交されたことを知った。

ひろゆき氏への批判についてTwitter上で知った時、まずF爺が書かれた『トルコのもう一つの顔』の評判が良いことを知り、Kindleで購入して読んだ。

『トルコのもう一つの顔』はF爺が若い頃トルコという国に魅了され、長期休暇にトルコを幾度も訪れる中で、トルコ国内に非トルコ語を母語とする人たちがいることを知り、長期にわたってトルコ国内でそれら言語の事例収集や研究を行い、ついにはトルコ政府から国外追放されるまでの記録である。臨場感があり、未知の地域での人々の暮らしや態度、権力による弾圧等を知ることができ、とても面白い本だった。

『トルコのもう一つの顔』を読みながら、今年の6月に読んだ『恋するソマリア』を思い出していた。どちらも著者は現地の言葉を理解し、現地の人々と深く交流した上で体験談を書物にまとめ、読者に未知の出来事を生き生きと伝えている。訪れる先の現地語を知っていると、深く現地を知ることができるのだと得心し、私ももっと外国語習得に力を入れようと怠け心に喝を入れた。

今年になって読んで特に印象深かった2つの作品の著者同士がかつては交流し、今では絶縁していることを知って、F爺のブログの「贋物・自称辺境作家」、「贋物・自称辺境作家の捏造東北弁」の書庫に収められている記事を読んでみた。

お二人が交流することになったのは、F爺が記した『トルコのもう一つの顔』を読んだ高野氏が続編執筆の意向を訪ねるメールをF爺宛てに送ったことから始まったらしい。そして高野氏がF爺に編集者を紹介し、『漂流するトルコ・続トルコのもう一つの顔』が発行されることになった。

お二人のトラブルの発端は、高野氏が自身のブログにF爺のことを「ゴルゴ13のようだ」と書いたことのようだ。その比喩についてF爺が高野氏に抗議したものの、高野氏の対応が不誠実だったことから関係が悪化し、交流を断つに至ったことが分かった。

詳しい経緯は不明だが、F爺の抗議に対して高野氏がすぐに真摯に応じていれば、関係がこじれることはなかったのではないかと思われた。

でも、どうして高野氏は誠実に対応せず、抗議の内容を放置したり、質問に対して応じることを回避したりしたのだろうか。

私の推測では、高野氏がF爺を「ゴルゴ13」と形容したのは褒めたつもりで、F爺が誤解して怒っているだけだと軽く考えたからだと思う。F爺は褒めたか貶められたかではなく、自身を形容するのに殺し屋である人物を挙げたことに抗議していることが、高野氏には理解できなかったのだろう。

どうして理解できなかったのかというと、自分と価値観が異なる考え方をする人だという認識がなかったからではないかと思う。これが外国人だったら、抗議に対して相手の価値観を確認し、自身の言動を顧みて、自分の意図したことではないが相手にとっては不愉快だったことに気づき、謝罪し訂正したと思う。しかしF爺が長年海外で暮らしている人だと分かっていても、同じ日本人だというところで高野氏は甘い判断を下し、誉めたつもりだったと弁明すればF爺が理解してくれるものと高を括ってしまったのだろう。価値観が違うこと、F爺にとってはゴルゴ13が誉め言葉にならないこと、そもそも褒める褒めないには関心がないこと、違う捉えられ方をすることに懸念があること等に考えが及ばなかったのだろう。

F爺と高野氏のトラブルを知って、同じ日本語話者であっても価値観が違う場合は大いに有り得ることを改めて肝に銘じた。そもそも同じ家庭で育った兄弟姉妹であっても、価値観や考え方は異なる。自分の意図とは異なる反応をされて相手が不快に思った場合、謙虚に事実に向き合い、相手が不快に思った背景に思いを寄せ、理解するように努めていきたい。